台湾の中の日本_其の七


先日、久しぶりに台湾人の友人と会って食事をした際、何気なく「台中あたりでどこか日本の歴史が残っているところはない?」と尋ねると、
彼:「う〜ん、宮原眼科はどうかな」 私:「えっ、眼科?」 彼:「もともと日本人の医者が建てた病院だけど、内部が改築されてスイーツの名店になってるよ」 私:「ふ〜ん」

さっそくネットで調べてみると、1927年に日本人の医者、宮原武熊医師が台中駅前に「宮原眼科」を開院したそうです。

宮原眼科の外観

宮原眼科


戦後に宮原医師は日本へ帰国。医院は国民党政府に管理され、「台中市衛生院」として再利用されていましたが、衛生院も閉鎖されてしばらくの間は建物のみが残されていました。

それを最近になって、「鳳梨酥(パイナップルケーキ)」の元祖として有名な日出グループが「宮原眼科」の建物を改装し、新イメージのスイーツ商品を開発し販売を始めていちやく有名店となりました。

一番人気は「宮原眼科冰淇淋(アイスクリーム)」で、これを求めて連日行列が出来るとのこと・・

日本の建築物を大切に保存して有効に活用した上、店名に当時の名称を使ってくれる。台湾迷の日本人として大変うれしく思います
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中山北路 * 台湾の中の日本 * 19:29 * comments(2) * trackbacks(0) * pookmark

台湾の中の日本_其の六


南門町三二三の外観

南門町三二三外観


南門町三二三の室内

南門町三二三室内

南門町三二三」は台北市の台北植物園蓮池そばにある木造の平屋建築で、日本統治時代に建てられてすでに80年を超える歴史があります。

当時は人々がお茶を飲み、一休みするために使用され、その住所が台北州台北市南門町六丁目323番地だったので「南門町三二三」と呼ばれています。

第二次世界大戦終了後、ここは行政院農業委員会の林業試験所宿舎となりましたが、その後は修繕もされずに荒れ果てていたそうです。

このほど、民間団体が資金を提供して台湾と日本の建築士が共同で修復し、当時の姿を復元して新たにオープンされました。

今回はこの木造建築を修復した他に、周囲の日本庭園も日本の仏教の静寂した空間として整備されたそうです。

「南門町三二三」は将来、植物園の参観者が一休みできる茶店として経営できるようにして、日本統治時代の利用方式に戻すことが計画されています。

何かと日本を目の敵にし、日本の建物など見たくも無いと打ち壊してしまうようなどこかの国とは大違いです。
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中山北路 * 台湾の中の日本 * 18:24 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark
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